博多(はかた)は、九州北部筑前国に築かれた博多湾に面する港湾都市であり、古代からの歴史を持ちます。江戸時代に黒田氏が入国し那珂川を挟んで城下町福岡を築き、二極都市の性格を持つことになります。明治時代には博多・福岡をまとめて1つの市、福岡市として市制施行されて現在に至り、博多の地名は博多区として残っています。
福岡市は、政治、経済、文化、交通すべての点で九州の中枢都市であり、アジアの交流拠点都市として加速度的に発展しています。人口も145万人を突破、周辺市町村を含めた広域都市圏行政も福岡市の役目です。
志賀島(しかのしま)は、福岡市東区に所属し海ノ中道(写真中央)と陸続きになった陸繁島で全国的にも非常に珍しい島です。この島で発見された金印「倭奴国王印」は、1世紀頃の大陸文化との交流を示す貴重な資料で、後漢書東夷伝にある「建武中元二年(西暦57年) 倭奴國奉貢朝賀 使人自稱大夫 倭國之極南界也 光武賜以印綬」の記事がそれであり、これは日本と日本人について文字で書かれた最初の記録です。
都市名は「福岡」ですが、中央駅は「博多」です。これは関ヶ原の合戦後の1600年に黒田如水、長政親子が入国した際、博多の町の自治を広く認め、市内中心部の那珂川から東を博多、西を福岡と呼び、定着しました。そのため、町人の都市・博多と武士の都市・福岡が機能分担しつつ隣接するという「双子都市」が誕生。1876年に地域区分の再編によって「福博」(ふくはく)という一つの地域区分とし、さらに1878年、郡区町村編制法の施行により福博が福岡区に改称され、「博多」を名乗る自治体は消滅しました。市制施行の際に「博多市」の声も上がりましたが、都市名を福岡、中央駅名を博多にすることで合意しました。
大濠公園(おおほりこうえん)は福岡市中央区にある福岡県営の公園です。大きな池が特徴的で池を貫くように島が浮かんでおり、それぞれが橋でつながっています。40万平方メートルあり、市民の憩いの場として親しまれています。周囲が約2kmで、サイクリングやジョギングをする人が多く見られます。毎年8月1日に市内最大級の「西日本大濠花火大会」が行われ、例年概ね6,000発(2010年発表数)の花火が夜空に上がり、45万人前後の観客が花火を観に公園に訪れます。
歴史的建築物や老舗、地域のコミュニティなどの「残すべきもの」、訪れたくなる街へ「創るべきもの」、情緒や風情にあふれた街並みや景観など「蘇らせるもの」。福岡の街づくりはそんなコンセプトで進められています。たとえば、官民が一体となって道に花を植えたり、既存の歴史的建築物と統一感あるデザインによる新たな建築物の建築などもそんな試みの一つです。福岡は日宝土地建物にとってもアジアの本拠地。オフィスビルや商業施設などの開発をはじめとして、今後とも福岡の活性化に貢献していきます。